イノベーション、シュンペーター、そして柳井正たち
同行者には:Louis Vuitton、Dior、Gucci、Balenciaga、Prada......
2024.02

執筆者:方涛(ホウ トウ) 迅馳時尚(Suntchi Fashion)、尚交所(ファッションエクスチェンジ)の創設者兼CEO

 

 

112年前、すなわち辛亥革命が勃発した1911年、28歳の若き教授が彼の名を成す作品の中で、「イノベーションは経済発展の根本的な原動力であり、起業家はイノベーションを推進する者である。」と述べた。その若者の名前はシュンピーターといい、後にハーバード大学で18年間教鞭をとり、3人の未来のノーベル経済学賞受賞者を育てた人物である。「イノベーション、起業家精神、創造的破壊、戦略、リスク資本」などの用語や概念を提唱したのも彼だった。クリステンセン氏が「イノベーターのジレンマ」などの著作を執筆し、「破壊的イノベーション」を提唱したのも、彼の影響を受けたからだ。マイケル·ポーター氏の「競争戦略」も、彼が最初に提唱した「戦略」の延長線に過ぎなかった。現代の経営学の父であるピーター·ドラッカー氏は、シュンピーターに敬意を表し、「すべての主要な現代経済学者の中で、シュンピーターだけが起業家とその経済への影響に関心を持っている」と述べた。(1)

 

その後、シュンピーターは起業家の5つのイノベーションタイプをまとめた:1、新しい製品を導入するか、既存の製品に新しい特性を追加するタイプ;2、新しい生産方法を採用する。また、製品の新しいビジネス手法を採用することも含まれるタイプ;3、新しい市場を開拓するタイプ;4、新しい供給原料や半製品基地を開拓または制御するタイプ;5、どの産業でも新しい組織形態を採用する、たとえば独占的な地位を創造または破壊するタイプ。製品イノベーション、技術イノベーション、市場イノベーション、リソース配分イノベーション、組織イノベーションと要約されたその文章は、のちに多数引用されるようになった。今やすでに当たり前のようにイノベーション理論の基礎になっているが、実はシュンピーターがこれらのアイデアを提唱したのは1911年だった。(2)

 

 

 

 

連続5年にわたって発表された『FASHION IP 100』グローバルファッションIPランキングと『グローバルファッションIPホワイトペーパー』は、ファッションデザイナー、アーティスト、CELEBRITY(セレブリティ)レクター、キー・オピニオン・リーダーなどをはじめとする「ファッションIP」に焦点を当て、ファッションIPとのクロスオーバーコラボやブランド連名による各ブランドの新製品の発売、新しいシーンの構築、新しい顧客の創造などのモデル、方法や実例を探求しており、その本質は、「イノベーションは発明ではなく、異なる生産要素や生産リソースの「新しい組み合わせ」によって価値を創造するもの」というシュンピーターのイノベーション理論を基調としている。ファッションIPと協力するブランドは、異なるアイデア、クリエイティブ、要素、スタイル、マテリアル、技術の新しい組み合わせによって新しい製品や時代のトレンドを象徴する文化現象を創造し、限定生産によって希少価値を生み出したり、「ステレオタイプ的なサプライズ」で流行トレンドを生み出したりし、市場における評価や売り上げを上げることで、消費者、パートナー、および企業に価値を提供している。これは典型的なシュンピーターのイノベーション活動曲線である。ファッションIPはイノベーションの「脳」や創造者であり、また起業家と同様に、イノベーション活動の最も重要な推進者でもある。市場で見られるほとんどのクロスオーバーコラボやブランド連名の実例は、製品イノベーションと市場イノベーションの範疇に入る。人類社会は何度か大きな産業革命を経て、進歩・発展してきたが、イノベーションの本質はいつの時代もずっと変わらない。変化するのは要素、リソース、や異なる組み合わせの方法だけだ。今日に至っても、我々は依然として100年以上前のシュンピーターが提唱した「イノベーション理論」を実践しているのだ。

 

1972年、早稲田大学の政治経済学部を卒業し、東京で数か月働いた当時23歳の青年柳井正は、故郷の山口県宇部市に戻り、父から「小郡商事」という紳士スーツ店を引き継いだ。日本経済が最も活発な1984年、彼はあえて高く売れる紳士スーツを放棄し、広島市中心部に低価格と高品質の生地を組み合わせた店をオープンし、カジュアルウェアを販売し始めた。日本の「バブル経済」が崩壊した1991年、多くの企業が倒産する中、彼は逆に「年間30店舗新規オープン」という計画を発表し、会社名も「ファーストリテイリング株式会社」に変更した。柳井正、42歳の時だった。32年後の2023年10月12日、ファーストリテイリング株式会社は2023年度(2023年8月末まで)の決算報告書を発表した。ユニクロを含む傘下8ブランドで、2023年度は売上高2.77兆円を実現し、営業利益は前年比28.2%増の3810億円(約25.4億ドル)となり、最高値を記録した。同時に、株価も31%上昇し、個人資産が354億ドルになった柳井正は、フォーブス2023年日本の億万長者ランキングにおいてトップの座を占めた。

 

世界中の衣料品ブランドは星の数ほどあり、異なるモデルやポジショニングのカジュアルウェアブランドも数え切れない。ユニクロが売れるようになる前に、「Gap」という最も成功したアメリカのカジュアルウェア巨大企業がライバルとして既に存在していたが、カジュアルウェアをさらに磨き極めて、高いコストパフォーマンス、品質、ファッション性を持ち、さまざまな国、年齢、肌の色の人々にとっての必需アイテムにして、多数のヒット商品を生み出したのは、やっぱりユニクロと柳井正だった。しかもユニクロは創業も、猛成長も、日本の「失われた30年」と呼ばれるバブルの崩壊期だった。経済の低迷、企業の倒産、消費の停滞、さらには30年間の名目賃金(インフレを考慮に入れない)がわずか4%しか上昇しなかった一方、同時期のアメリカでは145%上昇していたという状況だった。

 

ユニクロが猛発展できた原因について、柳井正氏はこう語った。「ほかのトレンドの先端を行くブランドに比べて、われわれは革新的な技術を活用し、デザインと品質を組み合わせ、衣類の値段を手頃にし、耐久性を確保したうえで、トレンドもに気にしております。正しいことをしないと、企業は発展しないし、従業員も幸せになれません。私はそれを「真善美」と呼びます。「真」とは実際にそこにある「真実」であり、「善」とは良いことをすることであり、「美」とは美しいことです。服を作るには客観性と主観性を兼ね備えた美的感覚が必要なんですよ。」(3)

 

彼は有言実行した。ユニクロの初期の成功は、低価格と高品質な材料の組み合わせに根ざしていた。1998年、ユニクロは東京に1号店をオープンし、わずか2000円で薄手のウールセーターを販売し、バブル経済後の「節約を極める」日本社会で話題を呼び、結果として、そのウールセーターは日本の消費者の4人に1人に売れた。その後、優れた素材をさまざまなシーンで使用するイノベーションは止まらなかった。ボアシリーズ、薄手のダウンシリーズ、Heat-Techインナーウェアシリーズ...。順次に市場に登場したこれらの商品は、すべて大成功を収めた。柳井正氏は、新しい素材を試し続け、製品の品質をファッション性と機能性との組み合わせに取り組んできたのだ。2003年、ユニクロはUTシリーズを初めて発表した。2013年からは、NIGOがUTシリーズのクリエイティブディレクターを務めた。過去20年間、UTは若者が好む映画、漫画、アニメ、アート、音楽などのポップカルチャーを探求し続けていた。ユニクロが集結したのは、ディズニーやミニオンなどのクラシックなキャラクターIPだけでなく、SPRZ、LEGO、MOMA、ルーブル美術館などの文化芸術IP、ないしはJEAN-MICHEL BASQUIAT、ANDY WARHOL、KEITH HARING、草間彌生、JEFF KOONS、KAWSなどの世界的に有名なアーティストやクリエイターにも及んだ。さらに、鬼滅の刃、ドラゴンボール、ナルト、ガンダム、スターウォーズ、聖闘士星矢、スーパーマリオ、任天堂など、さまざまなゲームや二次元的な若者要素を取り入れ、年に2回のクロスオーバーコラボを発表するUTは、もはや一枚のTシャツというよりも、「世界の文化の先駆者」になりつつあるのだ。

 

 

 

 

デザイナーとのコラボでは、「長期主義」を掲げたコラボシリーズもある。たとえば、2009年にはドイツのデザイナーJil Sanderとの画期的な+Jシリーズが登場し、2020年には再び手を組んだ。2014年には、シャネルのインスピレーションの源であるInes de La Fressanceとのコラボシリーズが登場し、今日まで10年20シーズン続いている。2016年には、エルメスの元女性ウェアアートディレクターであるChristophe Lemaireを招聘し、現在も人気のあるUシリーズを展開している。2017年には、イギリスのファッションブランドJ.W Andersonとのコラボシリーズが登場し、今に至る。最新のコラボは、2023年にChloeと、ジバンシィの前クリエイティブディレクターであるClare Waight Kellerとのコラボで、UNIQLO : Cシリーズが発売された。また、Alexander Wang、Marni、White Montaineering、Marimekkoなど小規模で季節ごとのデザイナーとのコラボもある。過去15年間において、ユニクロはこれらのコラボを武器に、クロスオーバーとファッションIPとのコラボを中心とした革新的な戦略により、世界市場で成功を収め、消費者に大きな人気を博し、業績を伸ばしてきた。

 

 

 

 

シュンペーターの定義によれば、絶えずに古い構造を破壊し、新しい構造を創造してきたユニクロと柳井正氏は、まさに「イノベーター」そのものであり、典型的な「創造的破壊者」である。アパレル業界の本来の「ありえないトライアングル」を覆し、低価格、高品質、そしてファッション重視、大衆性がありながらもエリートにも受ける。柳井氏は過去32年間(かれ自身も気づいていないかもしれないが)、シュンペーターがまとめた5つのイノベーションのタイプを完璧に実践したのだ。川上の原材料サプライヤー、世界中の有名なデザイナーやクリエイター、異なるコミュニティのアニメ文化IPとの協業、ベトナム、ミャンマー、中国などの工場サプライヤーとの緊密な協力など、世界的なグローバル化の風とアジア市場(特に中国)の成長のチャンスを活かして、製品革新、技術革新、市場革新、資源配分革新、組織革新を実現し、日本の「バランスシート不況」期においても逆境を乗り越え、急速な成長を達成し、今日の「ユニクロ」を作り上げてきた。2013年から2023年までの10年間にかけて、ユニクロは38人のデザイナー、72人のアーティスト、約270以上の文化やアニメIPと提携し、350以上のコラボシリーズやアイテムを発売した。2023年度の売上高は、2013年度に比べて約2.5倍増加し、利益は320%増加した。1991年当時、日本国内の29店舗のみだったが、2023年には世界で2434店舗という規模に達しており、過去32年間にわたって、激しい勢いで売上高と純利益が増加してきた。ユニクロの絶えない革新、時間がすべてを物語っている。今日、グローバル化と分断、経済成長の減速、そして激しい競争環境に直面する中国の起業家たちにとって、教訓とインスピレーションが多数得られるはずだ。

 

 

 

 

イノベーションによって新しい市場を開拓することにおいて、Apple社はその優れた代表である。ノキアが従来の携帯電話市場でトップシェアを占めていた時代、Apple社はスマートフォンを発売し、業界全体の常識を覆した。 「シュンペーターが本日まで生きていれば、Appleをどのように見るのだろうか?」と題された記事では、「Apple社は、シュンペーターが提唱した 「創造的破壊」 の実践者である」と主張している。そして、ファッション業界では、ユニクロもまた、同様に 「創造的破壊」 の特徴を示している。興味深いことに、柳井正氏は、「われわれのライバルはGapやZARAなどのファストファッションブランドではなく、Appleなんですよ。」と語ったことがある。ライバルというよりは、イノベーションへの執着、消費者の需要の洞察とリード、伝統の転覆に対する共通の追求と言えよう。

 

ユニクロは、アパレルは単なるファッションだけでなく、生活にとって不可欠なものと見なしており、その理念を体現したのが「LifeWear」である。「Life」と「Wear」に分けて見ると、優れた日常着、完全な日常着装を意味することが分かるが、ユニクロは巧みに、ジョブズのようにユニクロをデザインとクリエイティブを企業競争戦略の高いポジションに引き上げる一方で、科学技術の素材を活用して製品の品質感、耐久性、付加価値を向上させることに全力を尽くしている。彼らが打ち出した多くのコラボシリーズは、アップルのiPhoneのイテレーションのように、絶対的な優位性とブランドのスタイルを持つベースライン製品に大幅な変更を加えるのではなく、主要な技術やディテールをアップグレードし、製品に影響力を持つ有名なデザイナーとのコラボで、ブランド力を向上させ、エリート層やファッション愛好家などのターゲット層を開拓している。クリストフ·ルメールは「Keep it Simple, Stupid(KISS原則)」の重要性を主張した。「良い製品は誰にでも同じサービスを提供できます。ファッション文化が好きな若者でも一般ピープルでも、最も「愚かな」直感で製品を理解し受け入れられるようにするべきです」と彼は述べている。それは、「製品イノベーション」を望むほかの産業やブランドにも適される。

 

ファーストトリテイリンググループの上級執行役員兼ユニクロのグローバル研究開発部門の責任者である勝田幸宏氏は、多様なバックグラウンドを持つ多くのデザイナーがブランドデザインに異なる視点をもたらすことができると考えている。そして、ブランド自体の課題に対しては、異なる考え方を学び、理解し、新しい作業方法を整えることができるかどうかが問題である。勝田幸宏氏ははこう語った。「われわれは常に進歩の余地があると考えております。われわれが行うべきこと、できることはまだたくさんあるはずですが、自力だけでは実現は難しいかもしれません。サポートが、他の人から学ぶことが必要なんです。これが、デザイナーとの協業シリーズが単なるビジネス目的だけでなく、市場のためでもあります。会社の将来の更なる発展のための投資なんですよ。」(4)

 

 

「創新」と「破壊的創造」の道では、ユニクロは決して孤独ではない。同様のイノベーション戦略を採用し、持続的な成長を続ける会社は下記が挙げられる。1972年にアメリカのポートランドで生まれたナイキ;1976年に創設されたフランスのデカトロン;2002年に創設されたアメリカの「クロックス」;1952年にフランスで創設され、2003年に買収されたモンクレール;1978年に南カリフォルニアで創設され、1995年にデッカーズに買収されたUGGなど。もちろん、高級ブランド業界でも同様である。クリエイティブとイノベーション、さらにはクロスボーダーの協力の重要性をどのように表現するか、さらには10年間でプロではないクリエイティブディレクターを採用した多くの高級ブランドがその証拠であり、トレンドブランド、現代アーティスト、ポップスター、文化遺産、地元文化、デジタル技術、メタバースなどとの協力に関しては、目まぐるしいほど数が多すぎて、少し過剰になりつつある。これらのブランドには、ルイ·ヴィトン、ディオール、グッチ、バレンシアガ、フェンディ、ブルガリ、ティファニー、プラダ、ミュウミュウ、ロエベなどが含まれます。これはまた、新たな問題をもたらす。すでに「新しい」ではなくなったとき、「イノベーション」と「破壊的な創造」が新しい「イノベーション」と「破壊的な創造」を求める時でもある。

 

柳井正氏のオフィスには、一枚の書道額縁があり、「成功は苦境の日に始まり、失敗は得意のときに原因がある」と書いてある。また、ウォルマートのサム·ウォルトンの著書『Made in America』や、ピーター·ドラッカーの著書『イノベーションと企業家精神』からすごく影響を受けていると柳井正氏は語った(5)

 

「イノベーション」が経済発展の根本的な原動力だと認める者は、みんな「シュンペーター主義者」と呼ばれるべきだ。そういう意味で、柳井正と彼の仲間たちはおそらくその一例である。彼は自らの経験と業績を通じて、行動と理論を結びつけ、シュンペーターが述べた「製品革新、技術革新、市場革新、組織革新」を通じて日本の「失われた30年」をブレークスルーし、新たな生命と発展を得て、米国のGapを追い越し、スウェーデンのH&MやスペインのZARAに追いつくことを達成し、最終的な目標は「世界一のブランドになること」だ。それでも彼はそれを「一勝九敗」と呼んでいる。

 

この点を理解することは、今時の現実にとっても非常に参考になるはずだ。

 

 

 

参考資料:

(1)/(2).『なぜイノベーターはみんなシュンペータリアンなのか?』 LatePost

https://mp.weixin.qq.com/s/FJF1SEvk1zsEbo42olTEYQ

『経済発展の理論』 ヨーゼフ・シュンペーター著 賈拥民訳 中国人民大学出版社,2019年P61」

(3)/(5).『ユニクロの創業者柳井正氏:企業は経営で周りの人々を幸せにするべき』 i商周

https://mp.weixin.qq.com/s/Ke3ieXV3PUsDsLx-B7_gIg

(4). 『ユニクロのCプラン』i商周。

https://mp.weixin.qq.com/s/dg0DpA7IyXGYUYjWzWzKvg

執筆者:方涛(ホウ トウ) 迅馳時尚(Suntchi Fashion)、尚交所(ファッションエクスチェンジ)の創設者兼CEO

 

 

112年前、すなわち辛亥革命が勃発した1911年、28歳の若き教授が彼の名を成す作品の中で、「イノベーションは経済発展の根本的な原動力であり、起業家はイノベーションを推進する者である。」と述べた。その若者の名前はシュンピーターといい、後にハーバード大学で18年間教鞭をとり、3人の未来のノーベル経済学賞受賞者を育てた人物である。「イノベーション、起業家精神、創造的破壊、戦略、リスク資本」などの用語や概念を提唱したのも彼だった。クリステンセン氏が「イノベーターのジレンマ」などの著作を執筆し、「破壊的イノベーション」を提唱したのも、彼の影響を受けたからだ。マイケル·ポーター氏の「競争戦略」も、彼が最初に提唱した「戦略」の延長線に過ぎなかった。現代の経営学の父であるピーター·ドラッカー氏は、シュンピーターに敬意を表し、「すべての主要な現代経済学者の中で、シュンピーターだけが起業家とその経済への影響に関心を持っている」と述べた。(1)

 

その後、シュンピーターは起業家の5つのイノベーションタイプをまとめた:1、新しい製品を導入するか、既存の製品に新しい特性を追加するタイプ;2、新しい生産方法を採用する。また、製品の新しいビジネス手法を採用することも含まれるタイプ;3、新しい市場を開拓するタイプ;4、新しい供給原料や半製品基地を開拓または制御するタイプ;5、どの産業でも新しい組織形態を採用する、たとえば独占的な地位を創造または破壊するタイプ。製品イノベーション、技術イノベーション、市場イノベーション、リソース配分イノベーション、組織イノベーションと要約されたその文章は、のちに多数引用されるようになった。今やすでに当たり前のようにイノベーション理論の基礎になっているが、実はシュンピーターがこれらのアイデアを提唱したのは1911年だった。(2)

 

 

 

 

連続5年にわたって発表された『FASHION IP 100』グローバルファッションIPランキングと『グローバルファッションIPホワイトペーパー』は、ファッションデザイナー、アーティスト、CELEBRITY(セレブリティ)レクター、キー・オピニオン・リーダーなどをはじめとする「ファッションIP」に焦点を当て、ファッションIPとのクロスオーバーコラボやブランド連名による各ブランドの新製品の発売、新しいシーンの構築、新しい顧客の創造などのモデル、方法や実例を探求しており、その本質は、「イノベーションは発明ではなく、異なる生産要素や生産リソースの「新しい組み合わせ」によって価値を創造するもの」というシュンピーターのイノベーション理論を基調としている。ファッションIPと協力するブランドは、異なるアイデア、クリエイティブ、要素、スタイル、マテリアル、技術の新しい組み合わせによって新しい製品や時代のトレンドを象徴する文化現象を創造し、限定生産によって希少価値を生み出したり、「ステレオタイプ的なサプライズ」で流行トレンドを生み出したりし、市場における評価や売り上げを上げることで、消費者、パートナー、および企業に価値を提供している。これは典型的なシュンピーターのイノベーション活動曲線である。ファッションIPはイノベーションの「脳」や創造者であり、また起業家と同様に、イノベーション活動の最も重要な推進者でもある。市場で見られるほとんどのクロスオーバーコラボやブランド連名の実例は、製品イノベーションと市場イノベーションの範疇に入る。人類社会は何度か大きな産業革命を経て、進歩・発展してきたが、イノベーションの本質はいつの時代もずっと変わらない。変化するのは要素、リソース、や異なる組み合わせの方法だけだ。今日に至っても、我々は依然として100年以上前のシュンピーターが提唱した「イノベーション理論」を実践しているのだ。

 

1972年、早稲田大学の政治経済学部を卒業し、東京で数か月働いた当時23歳の青年柳井正は、故郷の山口県宇部市に戻り、父から「小郡商事」という紳士スーツ店を引き継いだ。日本経済が最も活発な1984年、彼はあえて高く売れる紳士スーツを放棄し、広島市中心部に低価格と高品質の生地を組み合わせた店をオープンし、カジュアルウェアを販売し始めた。日本の「バブル経済」が崩壊した1991年、多くの企業が倒産する中、彼は逆に「年間30店舗新規オープン」という計画を発表し、会社名も「ファーストリテイリング株式会社」に変更した。柳井正、42歳の時だった。32年後の2023年10月12日、ファーストリテイリング株式会社は2023年度(2023年8月末まで)の決算報告書を発表した。ユニクロを含む傘下8ブランドで、2023年度は売上高2.77兆円を実現し、営業利益は前年比28.2%増の3810億円(約25.4億ドル)となり、最高値を記録した。同時に、株価も31%上昇し、個人資産が354億ドルになった柳井正は、フォーブス2023年日本の億万長者ランキングにおいてトップの座を占めた。

 

世界中の衣料品ブランドは星の数ほどあり、異なるモデルやポジショニングのカジュアルウェアブランドも数え切れない。ユニクロが売れるようになる前に、「Gap」という最も成功したアメリカのカジュアルウェア巨大企業がライバルとして既に存在していたが、カジュアルウェアをさらに磨き極めて、高いコストパフォーマンス、品質、ファッション性を持ち、さまざまな国、年齢、肌の色の人々にとっての必需アイテムにして、多数のヒット商品を生み出したのは、やっぱりユニクロと柳井正だった。しかもユニクロは創業も、猛成長も、日本の「失われた30年」と呼ばれるバブルの崩壊期だった。経済の低迷、企業の倒産、消費の停滞、さらには30年間の名目賃金(インフレを考慮に入れない)がわずか4%しか上昇しなかった一方、同時期のアメリカでは145%上昇していたという状況だった。

 

ユニクロが猛発展できた原因について、柳井正氏はこう語った。「ほかのトレンドの先端を行くブランドに比べて、われわれは革新的な技術を活用し、デザインと品質を組み合わせ、衣類の値段を手頃にし、耐久性を確保したうえで、トレンドもに気にしております。正しいことをしないと、企業は発展しないし、従業員も幸せになれません。私はそれを「真善美」と呼びます。「真」とは実際にそこにある「真実」であり、「善」とは良いことをすることであり、「美」とは美しいことです。服を作るには客観性と主観性を兼ね備えた美的感覚が必要なんですよ。」(3)

 

彼は有言実行した。ユニクロの初期の成功は、低価格と高品質な材料の組み合わせに根ざしていた。1998年、ユニクロは東京に1号店をオープンし、わずか2000円で薄手のウールセーターを販売し、バブル経済後の「節約を極める」日本社会で話題を呼び、結果として、そのウールセーターは日本の消費者の4人に1人に売れた。その後、優れた素材をさまざまなシーンで使用するイノベーションは止まらなかった。ボアシリーズ、薄手のダウンシリーズ、Heat-Techインナーウェアシリーズ...。順次に市場に登場したこれらの商品は、すべて大成功を収めた。柳井正氏は、新しい素材を試し続け、製品の品質をファッション性と機能性との組み合わせに取り組んできたのだ。2003年、ユニクロはUTシリーズを初めて発表した。2013年からは、NIGOがUTシリーズのクリエイティブディレクターを務めた。過去20年間、UTは若者が好む映画、漫画、アニメ、アート、音楽などのポップカルチャーを探求し続けていた。ユニクロが集結したのは、ディズニーやミニオンなどのクラシックなキャラクターIPだけでなく、SPRZ、LEGO、MOMA、ルーブル美術館などの文化芸術IP、ないしはJEAN-MICHEL BASQUIAT、ANDY WARHOL、KEITH HARING、草間彌生、JEFF KOONS、KAWSなどの世界的に有名なアーティストやクリエイターにも及んだ。さらに、鬼滅の刃、ドラゴンボール、ナルト、ガンダム、スターウォーズ、聖闘士星矢、スーパーマリオ、任天堂など、さまざまなゲームや二次元的な若者要素を取り入れ、年に2回のクロスオーバーコラボを発表するUTは、もはや一枚のTシャツというよりも、「世界の文化の先駆者」になりつつあるのだ。

 

 

 

 

デザイナーとのコラボでは、「長期主義」を掲げたコラボシリーズもある。たとえば、2009年にはドイツのデザイナーJil Sanderとの画期的な+Jシリーズが登場し、2020年には再び手を組んだ。2014年には、シャネルのインスピレーションの源であるInes de La Fressanceとのコラボシリーズが登場し、今日まで10年20シーズン続いている。2016年には、エルメスの元女性ウェアアートディレクターであるChristophe Lemaireを招聘し、現在も人気のあるUシリーズを展開している。2017年には、イギリスのファッションブランドJ.W Andersonとのコラボシリーズが登場し、今に至る。最新のコラボは、2023年にChloeと、ジバンシィの前クリエイティブディレクターであるClare Waight Kellerとのコラボで、UNIQLO : Cシリーズが発売された。また、Alexander Wang、Marni、White Montaineering、Marimekkoなど小規模で季節ごとのデザイナーとのコラボもある。過去15年間において、ユニクロはこれらのコラボを武器に、クロスオーバーとファッションIPとのコラボを中心とした革新的な戦略により、世界市場で成功を収め、消費者に大きな人気を博し、業績を伸ばしてきた。

 

 

 

 

シュンペーターの定義によれば、絶えずに古い構造を破壊し、新しい構造を創造してきたユニクロと柳井正氏は、まさに「イノベーター」そのものであり、典型的な「創造的破壊者」である。アパレル業界の本来の「ありえないトライアングル」を覆し、低価格、高品質、そしてファッション重視、大衆性がありながらもエリートにも受ける。柳井氏は過去32年間(かれ自身も気づいていないかもしれないが)、シュンペーターがまとめた5つのイノベーションのタイプを完璧に実践したのだ。川上の原材料サプライヤー、世界中の有名なデザイナーやクリエイター、異なるコミュニティのアニメ文化IPとの協業、ベトナム、ミャンマー、中国などの工場サプライヤーとの緊密な協力など、世界的なグローバル化の風とアジア市場(特に中国)の成長のチャンスを活かして、製品革新、技術革新、市場革新、資源配分革新、組織革新を実現し、日本の「バランスシート不況」期においても逆境を乗り越え、急速な成長を達成し、今日の「ユニクロ」を作り上げてきた。2013年から2023年までの10年間にかけて、ユニクロは38人のデザイナー、72人のアーティスト、約270以上の文化やアニメIPと提携し、350以上のコラボシリーズやアイテムを発売した。2023年度の売上高は、2013年度に比べて約2.5倍増加し、利益は320%増加した。1991年当時、日本国内の29店舗のみだったが、2023年には世界で2434店舗という規模に達しており、過去32年間にわたって、激しい勢いで売上高と純利益が増加してきた。ユニクロの絶えない革新、時間がすべてを物語っている。今日、グローバル化と分断、経済成長の減速、そして激しい競争環境に直面する中国の起業家たちにとって、教訓とインスピレーションが多数得られるはずだ。

 

 

 

 

イノベーションによって新しい市場を開拓することにおいて、Apple社はその優れた代表である。ノキアが従来の携帯電話市場でトップシェアを占めていた時代、Apple社はスマートフォンを発売し、業界全体の常識を覆した。 「シュンペーターが本日まで生きていれば、Appleをどのように見るのだろうか?」と題された記事では、「Apple社は、シュンペーターが提唱した 「創造的破壊」 の実践者である」と主張している。そして、ファッション業界では、ユニクロもまた、同様に 「創造的破壊」 の特徴を示している。興味深いことに、柳井正氏は、「われわれのライバルはGapやZARAなどのファストファッションブランドではなく、Appleなんですよ。」と語ったことがある。ライバルというよりは、イノベーションへの執着、消費者の需要の洞察とリード、伝統の転覆に対する共通の追求と言えよう。

 

ユニクロは、アパレルは単なるファッションだけでなく、生活にとって不可欠なものと見なしており、その理念を体現したのが「LifeWear」である。「Life」と「Wear」に分けて見ると、優れた日常着、完全な日常着装を意味することが分かるが、ユニクロは巧みに、ジョブズのようにユニクロをデザインとクリエイティブを企業競争戦略の高いポジションに引き上げる一方で、科学技術の素材を活用して製品の品質感、耐久性、付加価値を向上させることに全力を尽くしている。彼らが打ち出した多くのコラボシリーズは、アップルのiPhoneのイテレーションのように、絶対的な優位性とブランドのスタイルを持つベースライン製品に大幅な変更を加えるのではなく、主要な技術やディテールをアップグレードし、製品に影響力を持つ有名なデザイナーとのコラボで、ブランド力を向上させ、エリート層やファッション愛好家などのターゲット層を開拓している。クリストフ·ルメールは「Keep it Simple, Stupid(KISS原則)」の重要性を主張した。「良い製品は誰にでも同じサービスを提供できます。ファッション文化が好きな若者でも一般ピープルでも、最も「愚かな」直感で製品を理解し受け入れられるようにするべきです」と彼は述べている。それは、「製品イノベーション」を望むほかの産業やブランドにも適される。

 

ファーストトリテイリンググループの上級執行役員兼ユニクロのグローバル研究開発部門の責任者である勝田幸宏氏は、多様なバックグラウンドを持つ多くのデザイナーがブランドデザインに異なる視点をもたらすことができると考えている。そして、ブランド自体の課題に対しては、異なる考え方を学び、理解し、新しい作業方法を整えることができるかどうかが問題である。勝田幸宏氏ははこう語った。「われわれは常に進歩の余地があると考えております。われわれが行うべきこと、できることはまだたくさんあるはずですが、自力だけでは実現は難しいかもしれません。サポートが、他の人から学ぶことが必要なんです。これが、デザイナーとの協業シリーズが単なるビジネス目的だけでなく、市場のためでもあります。会社の将来の更なる発展のための投資なんですよ。」(4)

 

 

「創新」と「破壊的創造」の道では、ユニクロは決して孤独ではない。同様のイノベーション戦略を採用し、持続的な成長を続ける会社は下記が挙げられる。1972年にアメリカのポートランドで生まれたナイキ;1976年に創設されたフランスのデカトロン;2002年に創設されたアメリカの「クロックス」;1952年にフランスで創設され、2003年に買収されたモンクレール;1978年に南カリフォルニアで創設され、1995年にデッカーズに買収されたUGGなど。もちろん、高級ブランド業界でも同様である。クリエイティブとイノベーション、さらにはクロスボーダーの協力の重要性をどのように表現するか、さらには10年間でプロではないクリエイティブディレクターを採用した多くの高級ブランドがその証拠であり、トレンドブランド、現代アーティスト、ポップスター、文化遺産、地元文化、デジタル技術、メタバースなどとの協力に関しては、目まぐるしいほど数が多すぎて、少し過剰になりつつある。これらのブランドには、ルイ·ヴィトン、ディオール、グッチ、バレンシアガ、フェンディ、ブルガリ、ティファニー、プラダ、ミュウミュウ、ロエベなどが含まれます。これはまた、新たな問題をもたらす。すでに「新しい」ではなくなったとき、「イノベーション」と「破壊的な創造」が新しい「イノベーション」と「破壊的な創造」を求める時でもある。

 

柳井正氏のオフィスには、一枚の書道額縁があり、「成功は苦境の日に始まり、失敗は得意のときに原因がある」と書いてある。また、ウォルマートのサム·ウォルトンの著書『Made in America』や、ピーター·ドラッカーの著書『イノベーションと企業家精神』からすごく影響を受けていると柳井正氏は語った(5)

 

「イノベーション」が経済発展の根本的な原動力だと認める者は、みんな「シュンペーター主義者」と呼ばれるべきだ。そういう意味で、柳井正と彼の仲間たちはおそらくその一例である。彼は自らの経験と業績を通じて、行動と理論を結びつけ、シュンペーターが述べた「製品革新、技術革新、市場革新、組織革新」を通じて日本の「失われた30年」をブレークスルーし、新たな生命と発展を得て、米国のGapを追い越し、スウェーデンのH&MやスペインのZARAに追いつくことを達成し、最終的な目標は「世界一のブランドになること」だ。それでも彼はそれを「一勝九敗」と呼んでいる。

 

この点を理解することは、今時の現実にとっても非常に参考になるはずだ。

 

 

 

参考資料:

(1)/(2).『なぜイノベーターはみんなシュンペータリアンなのか?』 LatePost

https://mp.weixin.qq.com/s/FJF1SEvk1zsEbo42olTEYQ

『経済発展の理論』 ヨーゼフ・シュンペーター著 賈拥民訳 中国人民大学出版社,2019年P61」

(3)/(5).『ユニクロの創業者柳井正氏:企業は経営で周りの人々を幸せにするべき』 i商周

https://mp.weixin.qq.com/s/Ke3ieXV3PUsDsLx-B7_gIg

(4). 『ユニクロのCプラン』i商周。

https://mp.weixin.qq.com/s/dg0DpA7IyXGYUYjWzWzKvg

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